死人島

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死人島

 私は入水するために海へ来ていた。そして海辺にそそりたつ崖から死への飛翔を試みたはずなのだが、どういうわけか私は見知らぬ島の砂浜で伸びていた。  寄せては返す波に散々揉まれて起き上がった私は酷寒に震えふやけた指を戦慄かせながら、どうしてあのように高い場所から海に落ちて死ななかったのか、そんなことばかり考えていた。  あれはたしか五十米はあった。普通二十米の距離から水面へ叩きつけられても骨折するというではないか、ならば五十米で死なないのはまさに摩訶不思議というに他ない。いや死なないにしても指の一つ折れていてもおかしくないはずだ。  考えながら水平線の濃紺を見つめていると、なにやら水面で揺らぐ奇妙なものがプカプカと砂浜に向かってくるのが見えた。私ははじめ小舟かと思ったが、どうやらそれは違うようで、驚くべきことに人間のようだった。べたべたした生暖かい風を受け、それを見守っていると、私はその人間の醜悪な有り様に気付きたじろいでしまった。  その人間は水面下で無数の魚にか細い体を貪婪に食いちぎられており、人間の周りには脂ぎって黒々とした人間の血が無数の線となって、それはあたかも体から流れ出る赤い紐のようにゆらゆらと漂っているのだ。
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