懊悩山

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 そういえば此の十年間、私は毎日欠かさず此の野山に通っている。死に満ち満ちた野山の匂いが好きなのかもしれない。  然し私は厭人という訳ではなく、ただただ死の赫きに憑かれた人間なのだ。異常な性癖かも知れないが、其の赫きをみた瞬間、全身を駆け抜ける法悦は娯楽に窮した片田舎では外せない楽しみなのだ。それに、迷惑をかけている訳ではない。  十年間、其れだけの歳月を野山とともに閲していると、当然不思議なことも一つや二つ必ずの如くあり、殊に彼の女のことは今でも忘れられない。  杉の木立のなか、檻に入れられたような感じで一つの赤いテントが隠れていた。死人の顔を見ようとして近付いてみようとすると、人の動く気配がする。差し向けていた足を止め、翼翼と其のテントを静観した。陽射しを仄かに受けたテントの中で揺れる影法師、何をしているのかはわからない。
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