懊悩山

3/4
29人が本棚に入れています
本棚に追加
/76ページ
 テントのなかにいる人間が生きていることを遠目で確認して、私は帰路についた。そして死人の顔を見ることが出来ずに一日を終え、次の日亦彼のテントの近くに寄ってみると、テントは杉から滑り落ちた雪を被って、半分埋もれてしまっていた。  もしや、と思って近付こうとするが、途中で止める。  視線の奥で、女が踊っていた。木の合間を縫うようにして、笑い声をあげながら、頗る楽しそうに、此所が死骸山だとは思えないほど快活に、踊っているのである。其の様があまりに楽しそうなものだったから、私は静かに後退って、家に帰った。  次の日、曇天をかぶり薄暗くなった雪山が煙を吐いていた。煙が出ている場所は、どうやら彼の女のテントが在る場所のようだ。  私は窓外から視線を離すと、外套を羽織って一階に降りた。一階のリビングは閑散としていて、必要最低限の調度しか置かれていない。明り取りから射込む冷たく陰鬱な陽射しが其れらを浮び上らせ、私のなかの憂鬱を目覚めさせる。  私はどうしようもない気になった。うんともすんともいわない調度はただ其所に凝立しているだけで、何をする訳でもない。  私は置物に何かを求めたくなるほどの孤独を経験していた。しかしだからといって、この孤独から逃れるわけにはいかないのだ。私は孤独に深入りし過ぎて、もうこの領域から逃れることを許されていないのだ。此れは私の責任である。  山のなかは凜冽だった。満眸眩みそうな雪のなかを暫く歩くと、棚引く煙が私を掠め、視界を濁らせる。鼻を打つ濛濛とした煙のなかを歩いていくと、幽かに人影が見えた。其れは絶えず動き回り、どうやら奇妙なことに踊っているようだった。
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!