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それから春日居はすっかり毒気を抜かれたように食事を楽しみ、「行き届いてるわあ」「手が込んでるわあ」と框を褒めちぎった。
「ご飯どうも、おいしゅおした。手土産も持たずに押し掛けてほんにすんまへんなあ。また今度改めて寄さしてもらいます。おやかまっさん」
とうとう、本題に戻らないまま上機嫌で帰ってしまった。門から離れて行きながらも「良い嫁やわあ」としきりに呟くのが聞こえてくる。
「変な人。跡継ぎの話とか、なんかお姑さんみたいだったね」
一連の出来事を経てそんな感想が出て来る框がなにやら大人物であるように思えて、塀二は呆れることもできなかった。
◇
緊張の糸が切れると、体のあちこちが痛み出した塀二は自室でベッドに寝かせられた。なるべく動かないよう意識していたのに、それでも力んでいたらしい。
心配そうに寄り添う框に向けて首を倒す。
「寝てれば大丈夫だから、お前も休めよ。あんなことがあってまだ一日しか経ってないんだぞ?」
「あたしはだって、ほとんどケガ無いから。それよりあんたでしょ」
「もう治ってるって」
西洋童話の魔王――狼と言えば国内では鬼の立ち位置にいる超大物に襲撃されたのが一昨日のこと。丸一日空いただけで血みどろになった傷が癒えるはずはないが、妖部の生命力は常人と比べ極端に高い。加えて呪具の力もあった。
室倉家管理呪具、〝血漿菌〟。傷口で爆発的に繁殖することで傷を塞ぎ治癒を早める、特殊なカビだ。目立ったケガでなくとも――例えば荒れた鼻や喉の粘膜といった意図しない範囲に対しても無差別に作用するという難点はありつつも、無害な〝平級〟と室倉家に伝わる管理台帳には記録されている使い勝手の良い呪具だ。これまでは今回ほどの大けがもなく〝カビ〟ということで框が嫌うこともあって使う機会がなかった。
そのおかげで傷に関してはすっかり完治している。ただし骨へのダメージまではどうしようもなく、できるだけ刺激しないように留意するとどうしても普段通りには動けない。一般的な病気の一切を跳ね除ける妖部でもさすがに発熱を起こしていた。
「週末で良かった……危うく学校休むハメになるところだった」
「えぇっ? あんたまさか、明日学校行くつもりなの?」
塀二の額に濡れた布巾を乗せながら框が視線で抗議する。塀二は平然と答えた。
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