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このまま放っておいてもいいものだろうか。気が向けばまたマーガレットの後釜を探しに出かけるだろうが、室倉家の結界内に彼女を歓迎する意思が無ければ締め出されて戻れなくなる。ノーニャはまだ自由に出入りできるほど空間に馴染んではいない。
(悲しいのわかるけど、でも俺は学校に行きたいぞ。まいったな……)
辛くても前向きに自分の人生と向き合わなければならないという体験は、塀二は既に乗り越えて来ている。框に教えられた。
充実した青春の為には学校を休むわけにはいかない。万が一病弱認定されたら今後クラスメイトに構ってもらえなくなるかもしれないという恐怖心すら塀二にはあった。
ノーニャを眺めて葛藤していると、来客を告げるブザーが聞こえた。一瞬走った警戒心がすぐに緩む。表にいるのは春日居だと、室倉の知覚が塀二に教える。
「昨日お世話になった分のお返しにまいりました」
手土産の大きな紙袋を抱えた春日居を出迎え、塀二は「丁度良かった」と呟いた。
裏の事情に通じている春日居なら留守番に打ってつけだ。余計な客を招き入れたり蔵に手を出すようなこともあり得ない。
塀二が学校に行っている間ノーニャの様子を見るよう頼むと、春日居は「ガッコ、行ってはるんですか」と大層驚いた。「普通の人生も味わいたい」と説明を聞いても「青いわあ」とコロコロ笑う。
「まあ、春日居はいっときの女房みたいなもんやから、亭主の留守くらい任されてもええよ」
「あっそ。じゃあ頼むな!」
了承の言葉は「その代わり――」と続くような気がして、塀二は素早く感謝の一礼を残して通学路へと踏み出した。
春日居が代わりに何を要求するかはわかり切っている。今日の時間割に無い保健体育の授業を受けるつもりは塀二にはなかった。
◇
一歩進むほどにじんじんとした痛みは体のあちこちで増した。普段の倍以上の時間をかけて通学路を踏破した先で、二時間目の授業を受けているはずの框に校門で取っ捕まった。告げ口したらしい足元で踊る影を睨む間もなく、塀二は保健室へと担ぎ込まれる。
怒るようなら「フルーツ盛りのせいだ」と主張するつもりでいたが、その意を削ぐほど框は激昂していた。そして、泣いている。
「あんたが自分を大切にしなきゃ、いくらあたしが『体に良いものを』って考えてご飯作っても全部ムダじゃん! あたし……馬鹿みたい」
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