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書店は、雨が降っているということもあり薄暗かった。勢いよく飛び込んでしまった為、来客を知らせるベルが喧しく鳴った。まるで、俺様に仕事をさせるんじゃねえ、と抗議でもしているようだ。
「はーい。いらっしゃい」
と、奥の方から間延びしたような声が飛んできた。
さて、どうしたものかと秋人は考えた。初対面の人に雨宿りをさせてくださいと頼むのは、漸く一人暮らしに慣れたばかりの秋人には、何となく気後れするものだった。
「お客さん?」
と、年取った男性の声が秋人を呼ぶ。いや、この大雨にわざわざこの古書店を訪れた奇特な客を呼んでいる。出ようか、と思った。しかし、盛大に入店を告げた手前、無言で出る訳にもいかないだろう。万引きを疑われるかもしれない。監視カメラがついていて、たまたま自分の行動が疑わしげだったら、まだ始まってもいない夢のキャンパスライフは檻の中に移ってしまう。
そんな愚にもつかない想像をしながら入口で佇んでいた秋人は、だから、突然のっそりと現れた初老の長身の男の姿に、跳び跳ねてしまった。
体についていた水滴が跳ねて、雨を知らなかった店内に僅な冬の雨を持ち込む。
「あ、あの……」
先ずは謝ろうと思い口を開いたが、何について謝るのかと暫し躊躇った。口をパクパクさせる秋人を暫く見つめていた老人がおもむろに「お待ちしておりましたよ。幾星霜の彼方から、姫と共に」と「いらっしゃいませー」にしては随分と大げさな挨拶をした。
「あ、あの」
少し息継ぎ。
「客ではないんですけど、雨が降ってきて。それで、それが凄い強かったから、雨宿りさせてもらいたいと思って……」
「分かっておりますよ。これも運命の導きです」
何か高いものを売られたらどうしようと不安になる秋人をほったらかして、老人は納得したように頷きながらにこにこと微笑んでいる。
「さ、とにかく奥へ。あなたを導く為とはいえ、姫も随分と乱暴な事をされたものですな」
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