第十八幕 沼神

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教室全体に、まるでなにかの虫の声みたいに走る複数のシャープペンシルの――音。 薄い答案用紙を押し上げる消しゴム。 前髪を掻きあげ残り時間を一瞥する生徒。眼鏡の淵を撫で欠伸をする生徒。机に突っ伏す者。ペンを置き、答案用紙を裏返す者。神妙な顔つきで机を睨む者。 忙しなく動き回るペンの音がだんだんと減っていく中。 時計の秒針を気にしつつ机の間を縫うようにして歩くのは、六限目、現代文担当の半袖シャツに深緑色のベスト、胸にワンポイントの刺繍がされたものを着用した中年男性の教師。 見掛けと相反する高い声で間もなく終了五分前だと告げられ。教室の縦列五番目、横列六番目の、窓際に近い席に座るナツメは今朝セットに失敗した前髪を弄る手を止めて、これで三度目になる見直しを始めた。 合計百問、一問一点で構成された一枚の答案用紙。 空白は穴埋め問題の二つ。 記号問題は全て埋まっている。自信は80%以上。 自己採点は九十~八十点だと推測。 やるだけのことはやった。 すらすらと視線を泳がせ、流れ作業のように点検を終了させ。ナツメは聞こえないぐらいの小さな吐息を吐く。 心配はいらない、この教科を担当する教師は他の教科を持つ教師よりも比較的素直な性格をしているから。裏を欠かせるいじわるな問題はないだろうし。四文字熟語含む漢字の書き取り、記号選択、短文作成の内容はご丁寧に一週間前のこの時間に教師自ら伝えられた。 だから夏休み前に渡された課題にもう一度目を通して、軽く復習をしておけば問題はなかった。だからこうしてナツメはテスト開始十分過ぎにシャープペンシルを置いて、頑固に跳ね上がる毛束に意識を注ぐ余裕があったのだ。
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