第十九幕 踏み切り

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浮遊霊というものは、存外自由なものである。 霊、幽霊、亡霊、おばけ、等。呼称は様々あれど、浮遊霊はそのカテゴリーの中で最も広範囲を移動できる霊達のことを指す。 時にはバス停にてバスを待ち、時には電車に乗り、器用に乗り換えまでする。 また時には、人様の家にあがり込んで、壁から壁へと通り抜けたり。 その家の若い娘の入浴中に忍び込み、後ろから突っ立って我が物顔で見ている。なんていうのも、ないようである話である。 不浄の念を募らせた怨霊や、自らの念に縛られた自縛霊とは違い、ふらふらと宛てもなく彷徨い歩くのが彼らの特徴である。 “死”というものは人にとって何を意味することなのか。 全ての終わり。消滅。行き止まり。 人の数と等しく答えは存在する。 しかし、昨今では“死”を悲観的にではなく、むしろ楽観的に捉える者も、そう少なくはなく。 アニメや漫画でよくある話。 無賃乗車をしても怒られないし、映画館で映画は見放題。 墓地や暗いトンネル付近で待ち伏せして、そこを通る人間を驚かせ、追い掛けたって警察にも捕まる心配もいらない。 社会にも時間にも縛られない、好きな時に好きな場所にいける。 そんな夢見がちな理由や、好奇心、死に対して悲観的な考えを持たず。死んじゃったけど、まぁいいか、それよりも直ぐに成仏するのはつまらないから、まずはその辺をぶらぶらしたい――。といった、細かいことはいちいち気にしない、そういうタイプの人間こそが死後浮遊霊となりあちこちで悪戯をする、のかもしれない。 ただ浮遊霊の全部が全部、呑気に現世に留まっているというわけではない。 そんなのはごく一部の者達だけで。 実際の浮遊霊というのは――……。
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