24715人が本棚に入れています
本棚に追加
「――さむ……」
あと数分で午後七時になる。
ナツメは行く前より数段重くなった足を引きずって、自宅玄関に辿り着いた。
父親の靴も、弟の靴もない。
真っ暗な玄関先。
暫くは誰も出迎えてくれない、ほぼ一人きりの広い家に少しの心細さを感じて、ナツメは明かりを点け、リビングに直行し、自宅の子機を勢いよく取ると。
自分の新品の携帯電話へとコールを掛け、耳へ宛てた。
「もしもし――、蛍?わたしだよ、……うんそのこと、うん……大丈夫。もう心配しなくてもいいよ、やっぱりあれは噂だったんだよ。そう、メールも来てないし、もう不安に思うことないから……アハハ!泣くな泣くな~、みんな変に思うでしょ!」
メールは結局来ていない。
たったそれだけ。
だが、それこそが悩みの全てを解決してくれた。
やはりそう、こうなること。
そうなるってわかってた。
と、調子のいいことを思っていても、正直帰るまで不安で、携帯を両手で挟み、どうかどうかと拝んだことは、誰にも言えない秘密だ。
向こう側で安堵に涙する弟を元気付けてやりながら、ナツメも顔が見えないのをいいことに、ソファーに飛び込み、苦笑いをする。
弟同様、心底安心してしまったのだ。
高校二年生の自分でも少し怖がったくらいだ。中学一年生の彼はこの時までどれだけ恐怖していたことか。
『よかった……やっぱり、そうだよね、あるわけないよね』
「うん、だからさっさと忘れてた、合宿に集中しなよ」
『ねーちゃん、ありがと……、ごめん、あと、携帯、買ったばかりだったのに』
「蛍が元気になってくれるならいいよ」
そう言えば蛍は照れ臭そうに笑った。
安心してくれたみたいだ。
『ねーちゃんは、平気……?』
「なにが?」
『なんとも、ない?……だいじょうぶ?……このあと、なんかあるかも』
「やだもう、変なこと言わないでって!わたしは大丈夫、心配しないで」
言ってナツメは電話を切った。
最初のコメントを投稿しよう!