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紫陽花が咲く。
露に濡れた紫陽花はなにかもの悲しさを放つ。
雲のない澄みきった、水をたっぷりと含んだ絵の具で一息に塗ったような空と暖かな日射し。これと対照的であることがよりいっそうもの悲しさを強調する。
庭に聞こえるのは琴の音。
男に捨てられた女の唄。
澄んだ空は人々が笑顔で行き交う都
紫陽花の露は一人泣きはらす女の涙のようだ。
あるいは、紫陽花が、雨の降る坂で傘もささずに立ち尽くす女そのものだろうか。
しかし、淡い青や紫の、小さな花からなる大きな楕円は、もの悲しさも相まって、美しく咲き乱れていた。
西藤奏子の屋敷。
奏子は襖を開け、庭を見ながら琴を奏でていた。
年の頃、十四。
しかし、美しく整った顔、落ち着きはらった態度から十四には見えなかった。
ほとんどの楽器はとりあえずは弾ける。
特に琴に長けており、その腕前は天皇からも認められていた。
しかしそのことは天皇と回りの僅かな者だけだった。
それは、奏子が宮中の紫陽花の色の冠をするような者の隠し子だからである。
とにかく、素晴らしい腕で奏でていた琴の音をとめた。
まっすぐと紫陽花をみる。
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