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それから周囲はしばらく騒ぎ立てていたが、やがてまた新たな声が現れた。
「ごめん、遅れたね」
低いけれど、先程の低音ボイスとは違って、優しそうな声色だった。
視界が使えないというのは、俺が想像していた以上に不便だ。
声だけで誰なのかを判断しなければならないし、何よりも自らの状況を把握することが、今までよりも格段に遅くなってしまう。
「おとーさま。月(ルナ)、目を覚ましたよ」
「ああ、キリヤから聞いたよ。調子はどうだい?」
「キリヤじゃないよ! 一番最初に見つけたの、ベルだもん!」
「そうなのかい?」と、確認するように言ってから、「……へえ、なるほど。お手柄だね、ベル」
『オトーサマ』と呼ばれた人は、『ベル』という──たぶん女の子を誉めたらしい。声がなくとも、『ベル』の嬉しそうな気配が伝わってくる。
と、ほんわかしている場合ではなかった。
誰かが近寄ってくる足音がしてから、『オトーサマ』の声が俺にかけられる。
「初めまして、月。ようやく会えたね」
ルナ、とは誰のことだろう。まさか俺ではあるまい。
しばらく待っても、誰も喋らない。
ルナとは誰か。仕方なく、そう訊ねようとしたら、とんでもないがらがら声が口から出た。次いで、抗いようのない咳。
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