【monolog1 : 手】

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 怖いんだ。  力を手に入れたいと欲するのと同じくらい、僕は強くなることを恐れている。人間をやめてしまうことに怯えている。僕の足がすくんでいるのがその証拠じゃないか。  ちょうど騒ぎを収めるためにミュリエルが出てきたところだった。彼女の完成された美しい顔は、今は煩わしさに歪んでいた。 「ですから魔王様は…」 「ミュウ」  僕は呼んだ。彼女が振り返ると、柔らかい髪から香りが振りまかれるようだった。男に幻を見せる香りだ。 「魔王様?」 「分かったんだ。僕は強くなりたい。でも怖いんだ…」  視線は自然と地面に落ちた。自分の感情を口に出すのは、たぶん初めてだった。もやもやしていた心が楽になっていく。嬉しくて、戸惑って、少し恥ずかしいような気持ちがした。 「だから、」  視線を上げるとミュリエルは温度のない目で僕を見ていた。その瞬間、僕は間違いを悟った。心臓の辺りを流れる血がキィンと冷たくなった。 「……だから、何ですか?」  ミュウ。  そんな目で見るな。見ないでくれ。  僕が耐えきれなくなって目をそらすと、ミュリエルは近づいてきて、そっと僕の顔に触れた。さっきの手とは違う、柔らかく温かい人間の手。  弱くて壊れやすくて、かけがえのない人間の手だ。 「あなたは、魔王様でしょう?」  ミュリエルは耳元で囁いた後、軽く僕の耳を舐めた。思わずびくりと肩が跳ねてしまう。そんな僕の反応に、ミュリエルは少し顔を離して、続けた。 「今日はもう帰って寝るのです。あなたがいると、いつまでもこの場が収まりません。それから、」  彼女はもう僕を見なかった。 「もう二度と浅はかな物言いをしないでください。魔王様」  僕の中の花が枯れた。舐められてスースーする耳が、カサリと乾いた幻聴を捉えた。 【monolog1 fin.】
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