【monolog1 : 手】

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 足りないのは、知識ではない。財力でも権力でもない。  問題は利益ではない。倫理とも違う。善でも悪でも大した差はない。  もう少しなんだ。  もう少しなのに。  僕が。  僕の弱さが、それを遠ざける。  強さが欲しい。美しい光を放つ圧倒的な強さが。 「力が欲しいのかい?」 「欲しい」 「なら、おいで」  暗がりから差し出された手はヒトのものではなかった。 「……」 「手をとるんだよ!」  イライラした声の後半は獣のうなりに変わっていた。  力が欲しいはずなのに、僕はまだ何かくだらない物にこだわって、自分を捨てきれない。 「さあ…」 「嫌だ!」  咄嗟に僕の喉からは大声が飛び出して、僕は手を払っていた。 「何故」 「なぜ」 「ナゼ」  周りがざわつき始める。問う声は皆、批難めいた色をしていた。責める顔は裏切られた表情をしていた。  なぜ?  僕は、人間を、やめたくないのか? 人間のままでいたいのか? 人間はとても弱いのに?  僕にもよく分からなかった。ただ、はっきり拒んでしまってから、自分の中の真っ黒な穴に気づいた。そこからは得体の知れない冷たい風が吹き出ていて、確かに僕の頬を撫でていった。  目が覚めた気がした。
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