1 平穏とは

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徐々に若葉が芽吹き始め、桃色から萌木色に衣替えを始めた桜たち。 朝から澄み渡った青空にその色がよく映える。 頭上の木々を揺らし、頬をかすめていく生ぬるい風は、ひと肌温度で心地よくどこまでもゆるりと伸びていく。 これから仕事に行くというこの概念をも易々とくるみとられそうだ。 あーあ、今日が休みだったらなぁ。 この見事な桜並木にちなんで名づけられたという花咲駅へと向かいながら、春海はそんなことを思っていた。 小さなたたずまいの花屋、年季の入った金物屋、いつも三毛猫が寄りつく魚屋。 まだひと気のない商店街に響くのは、通り過ぎる自転車の音や木々の揺れるざわめきが所々閉まっているシャッターにこだましている音。 その風にのって鼻先をかすめていく何とも言えないバターの香ばしい匂い。 それは、商店街の中で一つだけシャッターが開いている店からだ。 近づくにつれ、焼き立ての美味しそうなパンの香りが辺りに漂っているのが分かる。
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