4人が本棚に入れています
本棚に追加
「も……、信じ、られない」
小さな震える声で、お前は言った。
愛しいはずのその声音は掠れて、俺の心を切り裂いた。
心の底から愛しているのに。
いつかお前のために死んでもいいと、命を懸けて忠誠を誓っているのに。
俺は獣。
お前は人型。
型の壁にも獣の血にも、結局俺は抗えないのか。
俺が他の何を失っても守らなければならなかったはずのお前は、その瞳から大粒の雫を落として部屋を出ていった。
忘れ物のその雫は床に落ちて弾ける。
それすら美しいと、俺は思うのに。
最悪のタイミング――、俺の下には、未だに腰を振り続ける欲にまみれた白い猫。
一瞬で萎えて正気に戻った身体から、ソイツを突き放す。
「二度と俺に近づくな」
雌の本能丸出しで俺を惑わせた白猫を呪う、その裏側で。
安い誘惑につられた自分の血を呪う。
猫型と人型――、心から愛する者との間に立ちはだかる、残酷な種族の壁を呪う。
「いいじゃない。本当は欲しいクセに」
同族が放つ色香はそれでも抗い難い。
本能に従順な身体に、頭が、心が、壊れていく。
「よせ。――殺すぞ」
長いこと封じていた魔族の残虐性が目を覚ます。
お嬢に仕えてから一度も、ひとつの命も奪ったことはなかったのに。
清きを愛する、心優しい俺だけの天使のために、ただの一度も。
「意地張らないで、続き――……」
尚も色欲に溺れた白猫の文字通りの猫なで声は、中途半端に途絶えた。
警告、したのに。
白かったはずのソイツは、いつの間にか紅い肉塊に。
俺の黒毛の端も、僅かに紅に染まった。
最初のコメントを投稿しよう!