あるいは、双極の救済

10/13
前へ
/13ページ
次へ
手にしていたチョコレートを口に含み、わずか数センチ先の唇に告げた。 「……僕からの、バレンタインチョコ」 最後の不安は杞憂に終わった。 妹は逃げもせず、どろどろに溶けたチョコレートと僕とを受け入れる。 左手でしなやかな髪を撫でると、甘い舌が扇情的にうねった。 聞こえるのは、濡れた音と熱を帯びた吐息だけ。 ねっとりと柔らかい恋花の中に目一杯舌を差し入れ、彼女がむせて苦笑したところで、それは終わった。 「蓮士にも苦手なことがあるのね」 からかいながら、濃いピンクの舌先で口周りのチョコを舐め取る。 「でも、それを知れたのは気分がいいわ」 上機嫌に、柔らかな肢体を重ねてきた。  そして。 「………………あ」 久しぶりに見る、笑顔を欠いた恋花。 強ばった下顎からはチョコ混じりの唾液が垂れる。 見開かれた目は、もともと大きいせいもあってグロテスクなほどに強調されていた。 「……なに……を……」 グロスの剥げた唇から、わずかに甘酸っぱい香りがした。 ガトーショコラを作っていただけあって、さぞかし食欲を刺激されただろう。 胃酸も、空っぽの胃にたっぷりと出ていたはずだ。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

60人が本棚に入れています
本棚に追加