あるいは、双極の救済

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石造りの地下室は、空気までべとつきそうなほど甘ったるかった。 「チョコレートの暴力だな」 双子の妹は、平然とチョコを刻み続けている。 僕はソファベッドに寝そべりながら、わざとらしく鼻先を扇いだ。  滅多に帰らない父親には、情熱と金を注いだものが二つある。 一つは幼少の頃からやっている昆虫標本作り。 もう一つは、この家。 中世ヨーロッパに傾倒した父は、悪趣味なバロック建築風の屋敷に遺された財産のほとんどをつぎ込み、何を思ったか地下室まで作った。 しかしコンクリートで再現した凹凸の激しい岩肌の壁や床は、地下聖堂というよりも洞窟に近い。 この屋敷は、ほかにも至るところで、こういった父の浅く狭い知識を垣間見ることができる。 「なら、上のお部屋にいたらいいのに」 しかし、僕はこの地下室が気に入っていた。 グロテスクなほどに装飾過多な部屋よりも、粗野で質素な洞窟もどきの方がよっぽど良い。 恋花も僕が出て行く気のないことは知っている。 「視覚の暴力よりはマシだよ」 だから、ここにはなんでも揃っていた。 ラグ、ソファベッド、本棚に食器棚、そして大きなテーブルとカセットコンロ。 今夜は特別に、ガトーショコラを焼き上げるためのオーブンレンジまで運び込まれている。
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