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「女は甘いものが大好きなの。
先生が食べなくても、奥さんや娘が食べるでしょ」
ガラスボウルのチョコをひとつつまみ上げ、思う。
妻子がいなくなれば自分が高原と結ばれるなどと、どうして思えるのだろう。
「先生が律儀にも一口食べるという可能性は?
それに高原一家が僕のような臆病者なら、その努力の結晶は燃えるゴミになるだけだ」
「先生が律儀なところまでは正解ね。ただ、彼は家族に食べさせるの。
その感想を、さも自分が食べたかのように私たちに聞かせてくれるってわけ。
去年の調査ではね」
チョコを指先で弄びながら、この皮肉な暴走について考える。
命を賭して恋人たちを結びつけた聖バレンタインの処刑日が、今では自らの恋心のために他者を処刑する日になろうとしているのだ。
「すると、今日は何も知らない高原母娘の最後の一日になるわけか」
「そうね。でも、何も知らないまま死ねるんだからまだ幸せでしょ」
「どうしてさ」
包み紙の両端をゆっくりと引っ張る。
ぱりぱりと音がして、焦らすようにチョコレートが現れた。
「だって、自分たちのパパがほかの人に取られちゃうのって、めちゃくちゃ悔しいでしょ。
私だったら耐えられない」
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