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恋花がこちらを見ているのを確認し、目を逸らして瓶の水を飲む。
「……何も分からないままに死ねるのは、救いか」
「そう、救いよ。蓮士風に言うならね」
型に流し込まれたガトーショコラの未熟児が、オーブンの胎内へと入れられる。
あれが完全なるガトーショコラになったとき、哀れな母娘は死ぬのだ。
「家族を失っても、先生がお前のもとに来るとは思わない」
「お気に入りが誰かの所有物だったとき、蓮士ならどう思う?
私、これほど胸糞の悪い話はないと思うの。
欲しいものは全部私の手元にあるべきだし、邪魔する人は消えるべきだわ。
この世から」
ふっくらとした頬を持ち上げ、彼女が笑う。
日本語を解さない者が見たなら、ひどく優雅で魅力的な少女に映るだろう。
「だからね、蓮士」
ワンピースを揺らめかせ、恋花が僕に歩み寄る。
身をかがめソファベッドに手をついた彼女の髪が、左の頬をくすぐった。
「時々届くあなたへの手紙は全部生ゴミと一緒に燃えてるし、私を通じて近づこうとした女は、手痛い断りの言葉に心を病むことになってるのよ」
形の良い鼻が僕の鼻先に触れる。
黒髪のカーテンが視界を切り取る。
思考は散漫になり、そして、たった一つの着地点へ収束する。
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