当たり前な日常である。

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途端に空気が凍りついた。 人としての人権は守れても、男としての意地的な何かが著しく下がった。結構、真顔で言ってしまっただけにいたたまれなさが半端ないけれど、吹子の指を舐められるかと問われると、答えに困るのも事実であるいや、舐めちゃいかんよ。僕は内心でうんと頷いた。 「圭一」「兄上」 吹子と恵が同時に僕を見る、その瞳は慈愛に満ちていた。けっして、可哀想な人を見るような瞳じゃないと信じたい。 「なんか、ごめん、圭一」 「兄上、いいことあります」 圭一は慰められた、涙腺が崩壊しそうだった。圭一は牛乳を上を向いて一気に飲んだ。涙は見せないけれど、ちょっと牛乳がしょっぱかった。圭一は……死にたくなった。 一昔前のゲームみたいなナレーションが脳内に流れて消えた。 「慰めなんていらないさ、だから……」 その指を舐めさせてくださいと、僕は言おうとしてやめた。 「恵ちゃん、くすぐったいよ」 「姉御の指、ハムハムです」 目の前で妹の恵が幼なじみである吹子の指を舐めて恍惚とした表情をしていたからだ。 なんだろう、純真だった妹がおかしな世界の扉に開いて迷うことなく飛び込んでいる。姉御って呼ぶことは慕うとか、懐くじゃなくて敬愛したからだったのか。 「え? どうかした、圭一」 終わりだからねと、恵の口から人差し指を引き抜きつつ、吹子が聞いてくる。 「なんでもない」 格好よく、牛乳を飲む。 「兄上、白髭ができてます」 真顔で恵が指摘する、吹子が吹き出し腹を抱えて笑う。 「うん」 拭う、格好よくなかった。泣かないもん。
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