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「さっさと話しかければ良かったのに」
追憶にふけっていたのに気付いたのか、廣瀬は古傷を容赦なく抉る。
――傷?
そんな感じだったっけかな。
「相変わらず、何でも分かったような口ぶりだな」
ふぅ、と無意識に漏れたため息を、笑われた――気がした。
「意気地なし」
そう言って、ストローの先端で広瀬は氷を突いた。
水滴に覆われたグラスの中で、カランと涼しげにそれが鳴る。
涼を誘うはずのその音が、小馬鹿にしたように聞こえた。
「お前さ、気付いてたんなら――……」
協力してくれたって。
喉元まで出かかった言葉があんまり情けないことに気付いて、すんでのところで飲み込んだ。
「全く以て不甲斐ない」
「分かればよろし」
なんですか、ソレ。
子ども扱いしないで欲しいな。
……と、廣瀬女史相手にはっきり言えたらどんだけ楽か。
行き場を失った不満を吐き出すため、煙草に手を伸ばす。
「いつから?」
「……は?」
「ソレ」
スッと伸びた細い綺麗な指先に、不本意ながら見惚れた。
示すのが手元の煙草だと気付いて訳も分からずに慌てる俺は、やっぱりコイツの手のひらで踊らされてるような。
「……就職した、あと?」
語尾を疑問形で濁して、嘘を吐いた。
多分、見透かされた。
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