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とっくに終電も出た後だった。
隣駅の自分の家まで、酔いを醒ましながらのんびり歩いて帰ろうと思っていた。
25時、駅周辺を離れれば人気もまばらな静かな街。
ビルも店も家も灯りが消え、街灯と信号と、数台のタクシーのランプだけが色を成す不思議な世界。
そこに、彼女はいた。
いつものカフェとたまに偶然すれ違う大学構内、それ以外で彼女を見かけるのは、それが初めてだった。
うあ、可愛い。
夜の街にひとり佇む彼女は、いつもより一層美しく見えた。
静かな風が揺らす肩までの髪も。
わずかな灯りが照らした、頬を伝う涙も。
なんだろ、泣いてる。
でもそれがまた、無性に可愛く感じた。
この娘と付き合いてぇ、と思った。
本当は――。
知ってたんだ、その涙の理由を。
いくら遠目に焦がれていたって叶わないのは、いつまでたっても俺が声をかけない、からじゃない。
彼女には想い人がいること。
その想いが、叶わぬモノであること。
どうすりゃいいの、こんな時。
声かけて慰めたら、コロッと俺に転がって来ないかな。
それとも応援してやるべきなのか?
織田信長は、ヘレン・ケラーは、エジソンは、なんて言ってたっけ。
――習ってねぇよ、馬鹿。
声は、かけなかった。
ただ少し大人に近づけるような気がして、途中のコンビニで、初めての煙草を買った。
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