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「なぁ、廣瀬」
「お?珍しい、【女史】が付いてない」
だってお前、本当は嫌だったんだろその呼び方。
知ってて呼び続けた俺もどうかと思うが。
煙草を消して隣に身体を向ければ、彼女のグラスは既に空になっていた。
「――もう一杯、飲めば?」
「それは本題か、本題に入る前に腰が引けたか」
「もう一杯、飲め」
たまらずに命令口調になれば、廣瀬は「要らないし」「あんた仕事中でしょ」とかブツブツ文句を言いながらも、財布を手に席を立つ。
いいじゃねえか、あとちょっとくらいサボったって。
午前中に3件もまわったんだ、罰はあたらねえよ。
ミルクティーのあの娘が初恋だったかどうかなんて、今でも俺には解らん。
あの時の胸に疼いた痛みだけが、こうしていつまでもくすぶっている。
でもさ、同時にいつも思い出すんだ。
あの頃は少しだけ苦手だった、全て見透かしたようなお前の言葉や視線を。
『私はきっと、ずっと忘れない。一緒に過ごした時間も……、痛みも』
お前の最後のあの言葉。
その重みに反して歌うように軽快に紡がれた、あのセリフ。
あの時は理解出来なかった、本当の意味。
それは【誰と】過ごした時間?
それは【何の】痛み?
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