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「さて。――……本題に、入ろうか」
真新しく液体の満ちたグラスをテーブルに置いて、廣瀬が笑った。
コーヒーでも、ミルクティーでもなく、どう見てもそれはオレンジジュース。
「それ、些細な抵抗?」
廣瀬らしくない可愛げのあるチョイスに、思わず吹き出した。
「何に対する抵抗――」
「それとも」
反論を遮って口を挟む。
「懐かしい青春時代の追憶?」
「何、ソレ」
それとも――、可愛さアピール。
なんつって。
言ったら殺されそう。
「なあ、廣瀬」
殺される前に、本題に入ろう。
「何よ」
「時間と痛みは、もう忘れちゃいましたか」
「――……、」
騒がしかった店内の物音が、話し声が、全部消えた――気がした。
沈黙、は、ほんの一瞬。
「圭ちゃ」
「廣瀬自身、存外に意気地がなかった?」
「あの」
焦ったように目を泳がせて、何か言いたげに忙しなく動く廣瀬の口元を、指をかざしてふさいだ。
「俺、あんま変わってねえけど。――ちょっとは大人になったかも」
だって、あの頃分からなかった言葉の意味が分かったから。
あの頃苦手だったお前のこと、ちょっと可愛いって思っちゃったから。
つまらねえコトで笑って、つまらねえことで悩んで、つまらねえはずの毎日がなんでかキラキラしてて、恋をして、傷ついて。
昔のことだと思っていた、青春の日々は
「今もまだ、続いてるみたい」
大事な部分を飛ばして繋げた言葉に、廣瀬は首を傾げる。
「とりあえずさ、――今夜、あいてる?」
口元にかざしたままの俺の手を撥ね退けて「はぁッ!?」と大声をあげた廣瀬は、ちょっとだけ嬉しそうだった。
――多分、ね。
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