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素肌にまとうのは提督風のコート。男は軍人――海兵だった。だが、それは捨て去った過去の話だ。今、彼が乗る艦には、世界政府のもとで、〈偉大なる航路〉に”正義“をもたらす、海軍本部の旗は掲げられていない。
海軍は、今や、男の敵だった。
攻めているのは、すり鉢を逆さまにしたカタチの火山島だ。
ファウス島。
村ひとつない、人が暮らすには不向きな絶海の孤島だ。そこに不相応なほど大規模な海軍基地がおかれていた。
溶岩質の岩場が天然の城壁となった海岸は、容易に敵の侵入を許さない。男が率いる軍勢は、わずかにある砂浜から島に上陸しはじめた。
上陸戦はすべからく地獄と化す。
敵味方、双方から撃ちこまれる砲弾。着弾。死をぶちまける爆片の嵐を衝いて、白兵戦の火蓋が切って落とされた。
みずから上陸用舟艇に乗りこんだ男は、船底の兵員室に入ると、飛び交う砲声を聞きながら一服した。
「ふぅっ……」
タバコではない。医療用の吸入器だ。それを左手で口にあてがうとボタンを押した。
すぅっ……と顎をひく。
しだいに薬が効いてきたのか、男の呼吸がおちついていった。
浅黒く焼けた、海の男だ。
ワンレンズのサングラスをかけた顔にはシワが目立った。齢七十を越えた老人だ。けれども、ひきしまった肉体は強健そのもの。つかいこまれた筋肉は、まるで鋼の束だ。
ズンッ!
至近弾が船をゆらした。
狭い兵員室に押しこめられた彼らに、逃げ場はない。
ズンッ! ドドドドッ――!
激しい衝撃が、たてつづけに襲った。
壁に掛けた装備が床に散らかる。天井に吊るしたランプが落ちて、ひとりの若い兵士の服に引火した。
あわてて火を消そうとする新兵。
――棺桶は、いらねェな!
古参兵の笑い声があがった。
板子一枚下には黒い波が口を開けている。
これは渡し船だ。あの世には近いが天国には遠い、地獄への直行便だ。
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