プロローグ「始まりの歌」

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「もう、行くんだ。いつまでもこうしているわけにもいかない」 彼女の肩に両手を置き、ロイは胸が刃物で裂かれるよりも悲痛な思いで言葉を捻りだした。 「やろう。俺達のやるべきことを」 「……うん!」 彼にも役目はまだある。戦いで荒廃した国の立て直しという非常に大きな役目が。一体何年かかるのか、見当もつかない。生きているうちに平定させることが出来るかすら怪しい。多くの人が死んだ。彼らの仲間も、貴族も、老人も、女子供も。様々な方面で人不足だ。 ――でも、何故だろう。 ロイは不思議に思った。彼女の笑顔を見ていると、国の再建など些細なことのよう感じられてしまうのは。 「それじゃあ私、行くね」 「……ああ、元気でな」 抱擁から抜け出した彼女は窓辺に歩み寄り、眼下に広がる街並みを眺めながら言った。高所であるために時折強い風が吹き、長く美しい髪を弄んでいく。ロイは目を離さない。 「そっちこそ。生き急いで早死にしないでね。ロイの悪い癖」 「分かってる。けどゆっくりもしてられないさ」 「もう」 頑固者、とでも言いたげに微笑む彼女。体は徐々に光の粒となって霧散していく。ロイの手が引き留めるように上がりかける――が、首を横に振って下ろした。彼女の実体に失われ、向こうの景色が見えるほどに透けていた。もう触れることは叶わない。 「バイバイ」  そして、彼女は手を振りながらそう言うと、柔らかに光が弾け、天に昇っていった。広い空間に彼一人が取り残され、静寂が戻る。完全に光が見えなくなるまで、ロイは空を見上げていた。 「イステ、これでいいんだよな」 彼は目を一線に閉じる。振り切ったかのように見開くと、玉座に背を向けた。
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