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しんちゃんは、ジャンプ一閃、見事に決まり、コンクリのへりに右足を乗せた。しんちゃんは運動神経が良い方である。
カムイは、あのときのことは脳裏に焼きついている。齢5歳にして、走馬灯を経験した。
まるでスローモーションを見るかのように、しんちゃんの左足が木の蓋に掛かったとき、少しの静止があったのち、木は脆くも崩れ去った。
しんちゃんの全身がコンクリのなかに消えた。茶色い飛沫が飛び散る。
木の蓋は腐り、小さな子供の体重も支えられないほどになっていた。
カムイは遠くから、その様子を見ていた。瞬間的に助けるという気も起きない。足がすくんで動けなかった。
ほんの少しの間をおいて、ガバッと、肥溜めから、しんちゃんの上半身は飛び出てきた。
全身が糞汁でコーティングされ、もう、それは、泥人形のようになっていた。
ただ、泥と違うのは、色が一定ではないのだ。基本、こげ茶なのだが、黄土色から茶色まで、取り混ぜて、グラデーションがついていることもあった。
思い返すと、肥溜めには並々と糞が満たされ、深さは計り知れない。地獄の底まで続いているのじゃないか。
しんちゃんが肥溜めのなかで、立っているのか、コンクリのへりにしがみついているのか、もう分からなかった。ブラウン一色で境目がないのだ。
カムイは、母親のもとに走り帰った。
カムイは母親の太腿に抱きつき、
「しんちゃんが、……、しんちゃんが」
と泣いた。
ようやく、カムイから事情聴取して、重大事に気付いた母親は、しんちゃんの母親のもとに駆け、一緒に裏手の畑に行った。
次に、カムイがしんちゃんを見たときは、しんちゃんの家の前で、裸になったしんちゃんが、水道の蛇口を捻ったホースの水を全身に掛けられていたシーンだった。
もう、いたたましくて見てられない。子供でも、いたたましいという感情はある。
しんちゃんの穴と云う穴は、糞まみれになっていた。
水で洗い落とされ、次第に露出する本来の体は、黄色人種なんだと改めて自覚させられる。しんちゃんはもう泣いていなかった。顔は憔悴しきって、以前にも増して、影が薄かった。
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