天井裏

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僕は生活用品を天井裏に運び上げた。一日中、天井裏にいる。ここなら突然の来訪者も安心だ。誰にも侵食されない安全な埃まみれの空間は母胎回帰の願望を満足させる居心地のいい世界だった。僕は天井裏を音もなく渡り歩き、各部屋の天井板にこっそり切り込みを入れた。 アパートは都心から離れた長屋風の古い建築で駅に近い割に家賃は安い。部屋は20あり、結構広い。家族連れもいたりする。 僕は通勤通学へと部屋の主が出かけた後に音もなく天井裏から降り立ち、食料を漁った。あんまり同じところで食料を取りすぎるとバレるので各部屋から万遍なく取るように心がける。トイレやシャワーも拝借した。 そんなところにいて退屈だろう、と思われるかもしれないが、そうでもない。天井板の隙間から眺める生活はサザエさんをはるかに超える面白さだ。にんじん食べたくないとギャーギャー騒ぐ男の子。彼女が訪れるのだろうか、いそいそと部屋を片付ける男のにやけ顏。 僕の部屋に両親が訪れた。悲しみに暮れているようだ。胸がいたい。残った私物を片付けていった。僕は行方不明者だ。 部屋に新たな住人が入ってきた。美しい女性だ。化粧時間が異常に長い。こんなに鏡に向かってどうしようというのだろう。電話も長い。僕は聞き耳を立て女友達との他愛ない会話を楽しんだ。僕は彼女の寝顔を眺める。寝相が悪くベットの隅で丸まっている。今、一番のお気に入りの部屋となった。僕は彼女の一挙手一投足を眺め、消費した。 この薄い天井板の下には様々なドラマが息づいている。僕はここで生き、朽ち果ていくのだ。
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