茜空

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「お世話になりました」 民宿のおばちゃんに礼を言って、自転車にまたがる。 朝、まだ涼しいうちに距離稼がないと、昼間の移動は正直しんどい。 おばちゃんがお昼にっておにぎりを作ってくれた。 去年も同じものを貰った。 去年は理雄と一緒に・・・ これからしばらく続く山道。 これを越したら、海が見えてゴールだ。 すでに厳しい日差しにうっすらと汗がにじむ。 一足一足、確実に先に進む。 気持ちは一歩も先に進まない。 プワーン と大きなクラクションを鳴らされて、自分がかなり車道側を走っていたことに気付いて端に寄る。 『昴は、注意力が足りないんだよ』 俺に歩道側を走らせ車道側を走る理雄に言われる。 『はぁ?俺はいつでも注意力の塊だよ』 『よく言うよ。いつもクラクション鳴らされてるの誰だっけ?』 『あれは運転が下手なヤツが鳴らしてんだよ』 『凄いね、なんでそんな事思いつくんだか』 呆れた顔をする理雄にむくれる俺。 いつもそんな感じだった。 守られてるのはいつも俺。 上り坂がきつくなって思考が止まる。 ペダルを漕ぐ事だけに神経を集中させる。 山道は苦しいけれど、木陰が沢山あるおかげで太陽の餌食にはならないですむ。 『昴、あそこほら湧水』 少しだけ広くなって車が数台止まっていた。 みんなポリタンクを持って、水を汲みに来ている姿が見えた。 『汲んでいこうぜ』 空になったペットボトルを取り出して列に並ぶ。 額から零れ落ちる汗をぬぐう。 同じ場所に立って、同じようにペットボトルを持って列に並ぶ。 あの時どんなことを話したっけ。 ああ、列に並んでた家族連れを見て、将来どんな結婚してるかって話になったんだ。 ニコニコと父親の周りを走り回る女の子を見て、『可愛い子供がいい』なんて話を・・・ 結婚なんてどんなもんか想像もつかないうえ、彼女すら居ない俺たちには想像できるはずもなく、あっけなく終わった会話。 いつから理雄は俺の事が好きだったんだろうか・・・ そんな事をふと思った。 もしあの時も俺の事が好きだったら? 『可愛い子供がいい』なんて俺に合わせたただの嘘だったにすぎないって事か? 嘘に固められた嘘の会話しか俺たちはしてこなかった事になるんだろうか。
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