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「あ、悠祐、おはよう」 入室とほぼ同時に伊勢円香(いせ まどか)が声をかけてきた。マリアとは対象的に、細く、鼻筋がすっとしていて綺麗な顔立ちをしている。特徴的なのは、彼女の右目にかかる長い髪だろう。対して左側はしっかりと大きな瞳を確認できる。いわばアシンメトリーだ。右目がちゃんと情報を取り入れられているのか疑問に思ったことがあり、直接訊ねてみたことがあるが、彼女曰く、ばっちり見えているらしい。隙間から覗くような感覚に快感を覚えているようだ。 円香は、今まで話していた友人達の輪から飛び出して、興奮した様子で悠祐の前に立ちはだかるように位置どった。 「なんか騒々しいな。なんかあった?」 「なんかあったっていうレベルじゃないよ。悠祐さ、あの噂、覚えてる?」 どきりとした。先刻払拭した感覚を、円香も感じているというのだろうか。背が低いせいか、上目遣いになっている彼女の目は、まん丸に見開かれていた。 「噂?なんかあったっけ?」 とりあえずクッションを挟んでみることにした。まだ円香は、あの噂としか言っていない。下手にズレがあって、あの噂を信じていると思われるのも、なんだか癪にさわる。 「ほら、あれだよ、わかやんが前にいってたやつ!」 ああ、間違いない。これは考えているものが一致した。あの噂は、この噂だったのか。ちなみに、わかやんとは担任の教師、若菜好(わかな このみ)の渾名だ。担任ということもあるだろうが、生徒との距離が近く、信頼が厚い教師である。一時、体調を崩して休養する期間があった。その際、臨時で担任を勤めた男性教師が、若菜教諭がいつ復帰するのか、早く帰ってきてほしい、と生徒に言葉のボディブローをくらい、手をやいていたのは記憶に新しい。 悠祐はその姿を何気なく遠巻きに観察していただけなのだが。 何にせよ、この騒ぎからみると、満場一致といった感じだろう。それにしても授業に関係のない話を、歴史の年号より正確に覚えているというのは一体何なのだろうか。 「ああ、『美和子』のやつか。それでこんなに騒々しいのか」 「だってさ、あまりに条件が揃いすぎてるんだもん。みんなさ、昨日の夜から頭痛がしてるんだって。なんか前兆?みたいなやつ、わかやんが話してたよね?それなんじゃないかって」 「…なるほどね」 悠祐は若菜教諭が、このことについて話していた時のことを思い出した。 今から2ヶ月程前だろうか。
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