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あの日もひどい雨だった。 風も強く、台風でも襲ってきたのではないかと錯覚するほどだった。 ただ、天気予報ではそんなことは一言も言っていなかったように思う。 悠祐が、ただ単にテレビの向こう側で優しい笑みを浮かべながら話す、お天気お姉さんに気をとられて聞き逃していたなら、話は別だろうが。 そういえば、いつもよりも露出度の高い服装だった。 だめだ、そんなことばかり思い出す。 悠祐は首を振った。 本題に戻ろう。 皆、雨風にやられて、全身がびしょ濡れになっていた。 傘は意味を成さず、一部の生徒はビニールが剥がれた骨組みを手に提げて登校してくる始末だった。 SHR(ショートホームルーム)が始まる合図のチャイムが鳴る少し前に、教室に若菜教諭が入室してきた。 まだチャイムは鳴っていないので、喧騒で教室が充満しており、皆口々に話したいことを矢継ぎ早に話している。 ただ一人を除いては。 若菜教諭は、それを敏感に察知し、生徒のもとに歩み寄った。 「桃川さん、どうしたの?具合悪いの?」 桃川彩希(ももかわ さき)は大丈夫です、と机にうつむき加減のまま、呟くように答えた。 「そう?とても大丈夫そうには見えないんだけど…」 「昨日の晩から、なんか頭が痛くて…。大分楽にはなったんですけど、まだ若干違和感があるんです」 彩希は眉をしかめた。右手でおさえている部分に痛みが走ったのだろう。 「彩希、大丈夫?無理して学校来なくてもよかったんじゃない?」 側で友人と話をしていたマリアが、こちらを向いた。うん、ありがとう、と一言彩希が返したとき、丁度チャイムが鳴った。 「もし、また具合が悪くなったら教えてね。家まで送るわ」 「でも先生、バイクじゃなかったっけ?」 「今日は車よ。愛車は今日は休養中なの」 若菜教諭は人懐っこい笑みを浮かべて、教卓の方に向かった。 クラスは15人しかいないが、一応決まりの出欠を、クラス名簿を片手にとる。 クラス名簿を開く様が、まるで文献か何かを見るように見える。 若菜教諭はまだ教師になってから2年しかたっておらず、どこか大学生の名残も感じられる。 眼鏡をかけ、髪を後ろで1つくくりにしている様子が、悠祐には、この間テレビで放送されていた、就職活動をしている学生の姿にそっくりに思えた。 決して美人とは言えないが、くりくりとした瞳は、彼女の愛らしさを物語っていた。
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