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ギシッ…ギシッ…
一歩一歩規則正しい足音が、とても綺麗とは言い難い木張りの長い廊下を進んでいく。掛けられた時計の針は午後八時をまわっている。
外は大雨だ。窓を叩く雨風が強い。
小さなグラウンドが臨めるその窓枠には蜘蛛の巣が張り巡らされ、そこには惜しくもその罠にかかってしまい絶命した蝿や蛾の無様な姿があり、時折羽を痙攣させたように震わせるあの蝶も、もがくほどに絡む糸の特性に気づいた時にはもうなす統べなくただ死を待つだけの存在になるだろう。壁には震災の後に修復されなかったままのようなひび割れがあみだのように無数にそこら中を走り回り、微弱な揺れがこの廃校寸前の学校を襲った時には甚大な被害が予想される。
ギシッ…ギシッ…
か細い足が身につけた、くすんだ汚れが目立つ靴に書かれた暴言の数々。とてもじゃないが、持ち主が好んでデザインしたものとは言えないだろう。丁度足のこう辺りに殴るように書かれた『死』の文字が奇妙に目立つ。
左足の靴の左側面が右足を前に踏み込むと同時に、やせ細った左手が握る庖丁の先からぽたぽたと滴る赤い雫に濡らされている。
時折光る廊下の天井の照明が不気味に庖丁を光らせる。そして、この暗がりの世界には不釣り合いなほどに白い顔をした女がその点滅のリズムに合わせて闇に消え、またぼうっと姿を現す。
グレーがかったワンピースは襟元や袖口、裾が伸びきっており、それに形どられているせいか、からだ全体のバランスが酷く歪んで見える。そしてまるで模様の様に鮮血を纏い、その飛沫した血痕は女の首にも無作為なアートを施していた。
背は低い。時折闇に浮かぶその顔もどこか幼さがある。見た目だけで判断すれば小学校の高学年にも見える。
だが、その狂気に満ちた眼光はとても小学生とは考えにくい、何かこの世の果てを見たような、あるいは一度死を経験したような、そんな禍々しさを漂わせている。
いや、彼女は死を経験したのではないだろうか。肉体は滅びずともその心を何度も何度も殺してきたのだ。 彼女はおそらくまるで鉛筆を握るかのように、何の違和感もなく今自分の手に握っているものを捉えているだろう。
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