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緩みそうになる口元をどうにか引き締めながら、玖々音智仁は長い廊下を歩いていた。
歳は十六、男性というよりは少年と表現した方が正しいような幼さを残した顔立ち、平均よりも少しばかり低い背丈。細身でなで肩ときて、ともすれば女装でもしていれば性別を間違えられてしまいそうな少年だ。
「ふんふふん、ふんふふん」
奇妙な音程で奇妙な鼻歌を鳴らし、ご機嫌そう。カツカツとローファーの踵を打ち付ける足の動きは軽快だった。雰囲気と相まって、今にスキップでも始めそうだ。
そんな調子で歩いていると、扉が見えてくる。両開きの、いやに分厚い木製の扉だ。軽く拳を打ち付け、中から声が返ってくるとほぼ同時に扉を開ける。
「どうした智仁、やけにご機嫌そうだな」
背景を青空とし、如何にもお偉いさんが座っていそうなふかふかした椅子に腰掛けた男性が、ついにニヤケ顔を晒した智仁に向かって口を開いた。
智仁の正面、男性の背後は一面窓。左右の白塗りの壁には煩わしくない程度に調度品が飾られており、センスの良さを感じさせる。生憎とそういったものに疎い智仁には、よくわからないのだが。
「見てくださいよ会長、この制服! ぼくが明日から行く高校の制服ですよ!」
子供がお菓子でも貰ったような顔で、智仁は目の前の男性に自分が着ている服を見せびらかす。
真新しい、まだ皺一つない紺のブレザー。中に着ているカッターシャツの首元には、白と赤の斜線が入った、黒を基調にしたネクタイ。そして下は黒色のズボン。典型的な男子の制服だった。
嬉しそうにネクタイを直したりポケットに手を突っ込んでみたりしている智仁を見て、会長と呼ばれた壮年の男性も仄かに口元を緩めた。
当馬聡彦。整えられた顎髭に彫りの深い顔、短く揃えられた髪を後ろに寝かせ、狩り時の鷹のような鋭い目をした大柄な男性だった。歳の頃は、四十の半ばといったところか。それにしては筋肉質で、全く衰えを見せない。下手なプロレスラーくらいなら、易々と投げ飛ばせてしまいそうだ。
「ああ、そういえば明日から智仁も学校に通うのか。またここも寂しくなるな」
穏やかな視線で智仁を見やる。風貌に似つかわしくない、子供思いな父親のような空気を漂わせていた。
「寂しくなるって、どうせ授業が終わったからすぐ帰って来ますよ。ぼくの家はここなんですからね」
「そう言ってもらえると、私としても嬉しい限りだ」
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