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「母さん!?母さん!」
―――我はあの時、確かに母とはぐれた。
三越の地下に逃げ込めば助かる。
そんな、デマか噂かも知らないような不確かなことを、今思えば何故信用したのだろうかと思う。
手を引かれて共に逃げていた母とは、
ひょんな拍子でその手を離してしまい、我は一人でその町を走り回っていた。
我が唯一安全と認めていた場所―――――母の手を探して。
あの時、何度母の名を叫んだのだろう。
否、何度身の安泰を求めただろう。
脇に見えるは火柱ばかりで。
足下にはたまに人が転がっていて。
線路の上では市電が骨組みだけになっていた。
その中に若干、人とおぼしきものも見た。
今思えば、あれほどの風景を見せつけられていて、自分の足がよく動いたものだと思う。
今となっては平然と生きる日本人たちが、
確かにあの時は、何百何万の屍となって、転がっていたのだ。
が、我の関心事はあの時ただひとつ。
「母さん!?母さん母さん!」
何故か逆さに流れる人の波をすり抜けながら、我は母の姿を探し続けた。
一夜中、一夜中、
延々と、炎々と…………
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