からころむ(過去編)

4/28
前へ
/92ページ
次へ
――――――――――― 一瞬にして廃墟になった町を、我は歩いた。 一晩中走り回って、もう気力もなく、体力もなく。 いつまでも見つからない母の面影を追って、彼はそこら中を歩き回り、探していた。 敢えて、遺体安置所には行かなかった。 あの時は、母が死ぬだなんてこれっぽっちも思ってもみなかった。 どこにいるのかわからないだけ。 そのうちすぐに見つかる。 端から見れば、楽天主義であると思われるかもしれないが、 六歳の子供が。 あの時まだ物心もつかぬ子供が。 どうして人の死を素直に受け入れられようか。 ……しばらく歩いて後、急に見たような風景になった。 丸焦げになって、ガラス全てが溶けて、あるいは割れて粉々になっている、一際目立つ大きな建物。 看板には大きく三越の文字。 「――――――。」 我は膝から崩れ落ちた。 三越のデパートの、コンクリート製の大きく近代的な、ビルの足下。 「あ……………あ…………」 そこには、焦げもせず、五体はしっかりとくっついた形で横たわる、何千とおぼしき死体がならんでいた。 「はあぁぁぁ…………!」 思えば、初めて人の死を知覚したのはあの光景であったか。 「回りに落ちた焼夷弾で蒸し焼きになったらしい」 そんな陸軍将校の話も聞こえてきた。 我は、棒になった足をなんとか前に踏み出して その死体の海へと歩いていった。 というよりは、その波の先頭に横たわる、一体の人間の形をした「もの」を目指して。 「母さ……………」 どうせなら安らかな死に顔であって欲しかった。 安心のうちに死んだのだな、と思わせて欲しかった。 が、白目を向いて、大きく口を開けて、喉元に掻きむしったあとが見られるそれに、そんな様子はひとつも見られず。 「ひぃぃぃああぁぁぁぁ!!!!!」 脳裏に刻まれた母の死に顔は、 目の前に広がる我の一切の光を、黒く塗りつぶしていった
/92ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加