からころむ(過去編)

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――――――――――― 一瞬にして廃墟になった町を、我は歩いた。 一晩中走り回って、もう気力もなく、体力もなく。 いつまでも見つからない母の面影を追って、彼はそこら中を歩き回り、探していた。 敢えて、遺体安置所には行かなかった。 あの時は、母が死ぬだなんてこれっぽっちも思ってもみなかった。 どこにいるのかわからないだけ。 そのうちすぐに見つかる。 端から見れば、楽天主義であると思われるかもしれないが、 六歳の子供が。 あの時まだ物心もつかぬ子供が。 どうして人の死を素直に受け入れられようか。 ……しばらく歩いて後、急に見たような風景になった。 丸焦げになって、ガラス全てが溶けて、あるいは割れて粉々になっている、一際目立つ大きな建物。 看板には大きく三越の文字。 「――――――。」 我は膝から崩れ落ちた。 三越のデパートの、コンクリート製の大きく近代的な、ビルの足下。 「あ……………あ…………」 そこには、焦げもせず、五体はしっかりとくっついた形で横たわる、何千とおぼしき死体がならんでいた。 「はあぁぁぁ…………!」 思えば、初めて人の死を知覚したのはあの光景であったか。 「回りに落ちた焼夷弾で蒸し焼きになったらしい」 そんな陸軍将校の話も聞こえてきた。 我は、棒になった足をなんとか前に踏み出して その死体の海へと歩いていった。 というよりは、その波の先頭に横たわる、一体の人間の形をした「もの」を目指して。 「母さ……………」 どうせなら安らかな死に顔であって欲しかった。 安心のうちに死んだのだな、と思わせて欲しかった。 が、白目を向いて、大きく口を開けて、喉元に掻きむしったあとが見られるそれに、そんな様子はひとつも見られず。 「ひぃぃぃああぁぁぁぁ!!!!!」 脳裏に刻まれた母の死に顔は、 目の前に広がる我の一切の光を、黒く塗りつぶしていった
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