からころむ(過去編)

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――――――――――― 『からころむ すそにとりつき なくこらを おきてそきぬや ははならなくに』 ………防人として九州に送られた父が、残してきた子達を思って記した歌である。 私の裾にすがって行かないでくれと泣きつくあの子達を、私は置いてきてしまった。 母もいないのに、今ごろどうしているだろうか……… ――――我の父は、送られた満州の地より、遂に帰還しなかった。 次々と横浜に来る帰還船。 待てども待てども帰ってこない父。 東京駅にも行った。軍の基地にも行った。 母が死んでしまった以上、身寄りは父しかいなかった。 なのに……………… 『これが………… あなたのお父様です』 我に敬礼する若い軍人。 涙を浮かべて五センチ四方の包み紙を差し出してくる。 恐る恐る開けてみると、そこには小指の第二関節より上が青くなってあった。 こんなものをもらって、どうしろと言うのか。 これが父だと言われて、どう納得しろと言うのか。 『あなたのお父様は、我々を救うために手榴弾を体に巻き付け、敵陣に特攻されました。その際…………』 涙を流して父の活躍を語る軍人。 何なんだ一体。 もう頼るものがないと言うのに。 誰もあんたの感謝の言葉を聞きたくて来た訳じゃない。 欲しいのは、父、母。 『では…………』 踵を合わせてピシリと敬礼し、去って行く軍人。 ――おい待て。我はこれからどうすればいい? 母も父も死に、手元に残ったのはボロ切れのような服と、父の小指。 これでどうやって生きていけと言うんだ? これから一体どうやって――――――
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