からころむ(過去編)

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――――――――――― 電車の中。 シロクニ(C62)が黒煙を吐いて線路を疾走するなか。 我はひたすら窓の外を見、絶望していた。 焼け野原―――― 戦後、誰が言い出したか、こんな比喩表現が東京大空襲を具現化する言葉として用いられたが。 ひょっとすると、その言葉は東京から来た誰もが思った言葉かもしれない。 『父さんは?』 姉さんが問うた。 ――――満州で死にました。 『母さんは?』 ――――焼け死にました。 『辛かったね。』 ――――今は。空腹の方が辛いです。 母に、父に不義をしたわけではない。 生きるためには食わねばならない。 食わねば生きられない。 『―――ほうかえ。』 相変わらずの人懐っこい笑みで、姉さんは我を見つめた。 『腹へっとるけ?』 ――――一ヶ月何も食ってないもので。 我は姉さんと目を合わさなかった。 自分の食に対する下心が見透かされそうで。 ………案の定姉さんは鞄の中身を探り出した。 何か食い物を探してくれているのだろう。 そして、それは我の狙い通り。 『なんぞ食わせちゃりたいけんど………… こんなもんしかありゃせんねぇ…………』 そんなことを呟きながら、姉さんが差し出してきたものは。 「芋…………けんぴ?」 黄金に輝く金の延べ棒が、袋の中にたくさん入っていた。 『そんなものでよければ、 たんとお食べんさい。』 ―――――――。 次の瞬間には、我の口は薩摩芋でいっぱいになっていた。 何十日かぶりに食道を物が通って。 そのとたん、我は急に人の心地に戻れた気がして。 …………どうしてだろう。 急に母や父の死に様を思い浮かべて。 …………気がついたら姉さんの胸んなかでわあわあ泣いていた。 『あんた、ようやっと人に戻れたんやねぇ。』 姉さんは我の肩をさすりながらそう言った。 我自身も、同感だった。 『たんと、泣きんさい。 なんぼでも、胸使いんさい。 もうあんたは、あしの弟なんじゃけえね。』 弟――――家族。 姉………………。 我に思いがけず、家族ができた瞬間だった。 ――――姉さん。
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