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連れてこられたのは、一軒の落ち着いた雰囲気のBARだった。
会社近くにこんなBARがあるとは知らなかった私は、勧められるままにカウンターに座りながらぼんやりと店内を見回す。
バーテンダーと何やら話していた彼がそっと私の横に座った。
とたん、ふわりと薫る香水?と微かなタバコの匂い。
落ち着かない気持ちになり、思わずうつむく。
「何を飲まれますか?」
その声にはっと顔をあげる。目の前にはバーテンダー。
「ええと・・・。」
こういうBARには縁がない私は少し困って、知っている限りのカクテル名を思い出す。どれもいつも行く居酒屋にある様なものばっかり。
カシスオレンジ
カルーアミルク
ファジーネーブル
どれも安っぽい気がする・・・。どうしよう。
と、突然。
「甘いのが好き?」
と横から声をかけられた。
タイミングの良い声にほっとする。
「はい、好きです。甘いの」
「うん。じゃあ、彼女に何かフルーティーなカクテルを作ってあげてくれるかい。私にはいつものを。」
「畏まりました」
バーテンダーは一礼すると、戻っていく。
その後ろ姿を見送った後、彼は私に体を向けた。
「改めまして、私は高藤(たかとう)卓(すぐる)と言います。今日は急に声をかけて申し訳なかったね。」
「いいえ!私は井上(いのうえ)美夏(みか)と申します。」
「美夏さんか、よろしくね。」
そういうと高藤さんはゆったりと笑う。笑うと漆黒の目元にしわがより、とても優しそうに見える。
その笑顔を見て少し緊張が解けた。
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