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職場にて
出発前日のオフィスは、いつもより人が少なかった。すでに有給休暇をとって、国内や海外の避暑地、観光地へ出かけたりしている者も何人かいると聞いている。おかげで現場を切りまわすのは大変だったが、信頼している部下がいつも以上にがんばってくれた。
「課長、頼まれたコピーとってきました」
「ああ、ありがとう。そこの机の脇に置いといてくれないか」
明るい笑顔でうなずく部下にちらりと視線を送ってから、公一はキーボードをせわしなくたたいていた。この報告書を仕上げれば、今日の仕事はあらかた片づいたことになる。
「明日から実家のほうにお帰りになるって聞いたんですけど、本当ですか」
「ああ、そうだよ。毎年のことだからね。今年は妻の墓参りもしないといけない」
この一年間、悲しみに包まれて仕事中も妻の顔が頭を離れなかった。仕事が手につかなくなる日もあった。だが今ではもう、こうして職場で何げなく話題に出すこともできる。公一はそれを自分にとっての大きな前進と考えていた。
「あの、課長……」
「何だい。君も自分の仕事をさっさと終わらせて、早めに帰ったほうがいいよ」
ディスプレイに集中しているのでよくわからないが、部下は用事が終わったのに立ち去らず何やら言いたげな様子だ。公一は顔を上げた。
「いえ、何でもないです」
だが目が合ったとたん、部下はそう言って頭を下げ、去っていってしまった。仕方なく公一は再びキーボードをたたき始め、画面に並んだ細かな活字の羅列に目を細めた。
早く家に帰って、さっさと寝よう。明日はとても大切な日だ。
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