電車内にて

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電車内にて

 この世界では毎日、毎時間、毎秒、数えきれないほどの人間が生まれ、そして死んでいる。死は何も特別な現象ではない。生きていればいつか必ず出会う、決して避けられない人生の終焉であることには間違いないのだ。  だが安田公一という男にとって、智美は自分の妻である以上に特別な存在だった。二十年以上も昔のあの日から、彼女とならいつまでも幸せな家庭を築いていくことができると信じていた。信じていたかった。 「なあ、由夏」  父と娘、それにわずかばかりの乗客を乗せた二両編成の電車は、××市を遠く離れて公一の実家がある終点へと向かっている。その速度は窓の外を走る自転車より遅く、駅での停車時間も長い。そのため、帰省の時はいつも乗用車を使っていた。公一が仕事中でも気軽に買い物へ出かけられるようにと、妻のことも考えて買った軽自動車だった。  まさかあんな悲劇につながるとは、誰も予想だにしなかっただろう。突然の横風に車体が持ち上がったとき、公一は何が起こったのかまったく理解することができなかった。
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