はじめて

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   太陽が雲の中で隠れんぼをしているからか、心なしか肌寒い。  もう少し厚着をするべきだったな、と考えながら彼は銀杏(いちょう)の葉が吹雪のように舞い散る歩道を歩いている。彼とすれ違う人々は、足早に急いでいた。  どうやら、それぞれに用事があるみたいだ。    彼はただ、目的もなく歩く。空を見上げながら、ゆっくりと──。    彼が見上げるその空はどこまでも高く、どこまでも青い。    天高く、馬肥ゆる秋──この空が昔から続いており、彼が全く知らない人と繋がっているのだと考えると、感慨深いものがある。  しかし、“今、この空間”“今、この時間”の空を見るのは彼にとって、『はじめて』の空なのだ。    それは、彼だけでは無い。足早に急ぐ人々にとっても――。    こうやって一歩進む度に。  こうやって一秒進む度に。    そしてこうやって一つ、呼吸をする度に――。     ――どうしてこんなに悲しいんだろう?    それはきっと、『何か』に気付いた秋だからだ。    彼が空に向かって微笑むと、雲の合間から太陽の光が差し込んで彼を照らす。    銀杏の葉が舞い終われば、二十一回目ではなく――『はじめて』の秋が訪れるのだろう……。  
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