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漆黒の闇だった。 香澄はそこにうずくまっている。 凍えるような寒さが身体を芯まで冷やし、心まで凍らせているようだった。 顔を上げると深い闇の先に薄い明かりが見える。 やがてぼんやりと頼りない明かりが広がり、見覚えのある景色が浮かんできた。幼い頃から過ごしてきた香澄の生家の庭だった。 綿毛のような雪が散りばめられ、薄っすらと雪化粧がほどこされている。 そして、その庭の真ん中には人が二人倒れていた。 鼓動が速まり、恐怖が胸を締め付け、荒い呼吸が喉を焼く。 徐々に視界が鮮明になり、倒れている人の顔が見えてきた。 ――それは、父と母だった。 目を見開き香澄に視線を向けているが、その瞳には生気が宿っていない。香澄の背後にある虚無の空間に焦点が合わせられていた。 二人の周りに広がる紅い水溜りに、ひらひらと粉雪が舞い落ち吸い込まれるように消えていく。 ――怖い、助けて しかし、誰も助けには来なかった。自分を庇護してくれる父も母ももうこの世にはいない。 やがて足が見えてくる。血と泥で汚れた男の足だった。 香澄は身を前に乗りだし両親を殺したその男の顔を見ようと試みる。 足先から膝へと登り、徐々に男の姿が見えてくる。 血の滴る刀、それを持つ男の手。 そして、右手の甲に彫られた≪阿修羅の入墨≫--  
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