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《1》
猫を轢いた。
周囲を林に囲まれた田舎道。バイトを終えた夕方に、原付バイクを走らせた家路の途中の事である。
ブレーキも間に合わず、転倒するほどに切ったハンドルも意味を為さなかった。
言い訳をするなら、どうしようもなかった。
原付バイクの法定速度としてはスピード違反だったのは確かだが、その猫の道路への飛び出しはあまりに唐突で、素早かった。
猫はしばらくの間痙攣を繰り返し、しかし当たり所が悪かったのかもしれない。割とあっさりと動かなくなった。自身の血だまりに眠った。
猫は子供連れだった。
青い瞳の、真っ白な毛並みの小さな子猫。
この事故であえて幸運な要素を探すとするなら、子猫はかすり傷一つ負わなかった事だろうか。
事故を回避しようと車体を傾け、転倒してしまった原付バイクと自分の体をどうにか持ち上げる。
痛む体とそこかしこの擦過傷の事も忘れて、その子猫の様子をじっと見つめる。
子猫は呆然としているように見えた。
本当に親子だったのか確信は無いが、しかし動かなくなった猫に向けて、にゃあ、と何度も弱々しく鳴いた。
自身は身動き一つせずに、じっと視線は猫の死骸へと向けたまま、ただ、何度も小さく鳴いた。
良心の呵責だったのかもしれない。
あるいは、偽善的な何かだったのか。
少しでも善行と呼べる何かを、この出来事の中に残したかったのかもしれない。
親猫の亡骸と、傍らで鳴き続ける子猫を、事故の衝撃でいびつに変形したバイクのカゴに乗せた。
子猫は抵抗しなかった。
ただ、にゃあ、と鳴き続けた。
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