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佐伯は探偵事務所を営んでいる。
そして新野と芦屋。佐伯にとっては2人しかいない親友には専用の連絡先を教えていた。
そして今日新野は、彼に一つの依頼を行った。
「分かりました、引き受けましょう」
すんなりと引き受けられたことにやや拍子抜けしてしまった。
新野から受け取った資料を丁寧にビジネスバッグに仕舞う佐伯。
「…腹がくくれてませんか?いいんですよ、また日を改めても」
視線を前へ戻すと罪悪感があるのか、佐伯の目には新野の表情が少し苦し気に映った。
「まさか。ただ、尊が本当に大丈夫なのか心配で」
「 ! 」
にーにと慕う彼が気遣ってくれたことは純粋に嬉しい。
佐伯がへそを曲げたら子供のような行動をするように、傍に有能な人間いるも”使う”ということを出来なかった新野。
お互い、初めて会った時から性根は変わっちゃいない。が、
「貴方ひとりくらいの依頼が増えたところで、私には今さらですよ」
はにかんだ笑顔を浮かべて続ける。
「それに言ったじゃありませんか?困ったことがあれば、頼って欲しいと」
「よっくいうよ、怒ってたクセに」
「それは……貴方が情報をネタに誰かを脅したり、追い込んだりしないか不安だっただけで…」
相手の為だと綺麗ごとや善意を訴えても、いざ真実を知ってしまえば人間は豹変する。
実際、そうなった依頼人をたった数年で腐るほど目にしてきた。
「私は、俊哉に裏切られても恨みはしませんが、その時は一緒に死んで下さいね」
佐伯は、どんなに尊敬する旧知の仲であっても「絶対」を信じちゃいない。
あだ名ではなく呼ばれた名前と、鋭い眼光に鳥肌が立つ。
「君を死なせないよう、肝に銘じるよ」
「その気持ちは大変有り難いことです」
どちら冗談も述べてはいない。
それだけ新野には、譲ることが出来ない事情が出来ていた。
「…もっと早く、母親の名前を確認しとけば違っていたのかな」
もしや八木唯は家庭内で虐待を受けているのではないか。
真っ先に火傷の原因を疑った新野は彼の家庭内事情を知っておこうと、学校にある家庭調査書を見て愕然とした。
八木 千歳ー…。
その名前を二度と見ることはないと思っていたし、単なる偶然なのかもしれない。ただ知った時からずっと肝が冷えている。
「もし予感が的中したら、どうするつもりですか?」
「俺は、正人さんの遺志に従うだけだ」
流産だと聞いていたが、いま考えれば考えるほど不可解な点は多かった。
確信も証拠もない。憶測であっても、不安の芽は潰しておきたい。
「今日、アッシーを呼ばなかった理由が分かりましたよ」
常識人である芦屋には救われもするが、いざという時に決意が鈍ってしまう。
探偵を使ってまで生徒の身辺調査をするなど、教師のやる事ではない。
「アッシーが勘付いたときはフォローしますよ。だから、にーにはその善意を貫いてください」
「……善意とは、違うかな」
その言葉は綺麗すぎて、使うには重すぎる。
「……失礼。では、さっそく次へ行きましょうか」
「は?」
いや、待ってくれ。と立ち上がる佐伯を制止した。
唐突すぎる流れにも戸惑ったが、まだ目の前にはまだ料理と少しぬるくはなっているが酒もある。
「なら、早く食べてください」と冷たい一言。
どうやら指定しておいて、ここの料理は口に合わなかったらしい。
「き、君ねぇ…っ!」
「アッシーの店、楽しみですね」
存分にアッシーをからかってやろうと顔に書いてあるしBarに行けば、彼はおそらく「なんで俺誘われてないの??」そんな不満げな表情をするだろう。
そして酒豪の二人は朝まで飲み明かし、新野がその介抱を担うハメになる。
ひくっと顔が引きつった。
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補足:
佐伯 尊(さえき たける)
表向きは探偵(新野と芦屋もそう聞いている)
裏は、天才ハッカー。どんな情報も仕入れてくる有能。
万が一、ルールを破ったり、金を払わなかったりするとバックにいるヤのつく人達に追い回されることになる。
スリル満点で生きている実感がもてる世界から足を洗う気はない。
ただし、新野と芦屋がいない世界で生きていくつもりはないので
真実を知った二人に全力で説得されたら、真っ当な道を歩むかも。
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