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『ガキの笑い声って嫌いなんだよ。あんなん騒音だろ?』
アパートの窓から煙草をふかしながら下を見下ろし、鬱陶しげな声を漏らしていた何番目かの母親の彼氏か客。
笑えと言われれば笑ったような気もするけど、感情を見せない子供とは大人達にとって都合が良かったらしい。
『君は、静かで偉いね?』
従えば褒められた記憶しかない。
そんなことを思い出していると「八木君」と呼ばれ、我に返った。
「いいこと考えてないだろ?」
「っ、そんなことありません…てか、顔近付けないでくださいっ」
「んだよ、平気かどうか心配してやったんだろ」
ま、俺は帰るからあとヨロシク。
そう背を向ける芦屋さんを「あっ」と呼び止める。
「なんだよ?」
『君に会いたかったんだよな』
芦屋さんはそう言っていた。俺に何の用事があったのかをまだ聞いちゃいない。
「……それはもう解決した」
「?」
「それよか、リビングで酔いつぶれた大人を介抱してやってくれ」
「そんなこと言われなくたって…」
「襲われたらごめんな?」
「――っ、んな心配されたくありませんっ」
あははははと大笑いしながら、芦屋さんは部屋を出ていった。
なんなんだ、あの変人は!
**********
リビングへ向かうと、スーツの上着を脱ぎだらしない恰好のままソファーで横になっている先生がいた。
(酔い潰れた姿でも絵になるんだよな、この人は)
最初に姿を見たときから、ずっと気になっていた。
外見か、声か…良く分からないけど惹かれてしょうがない。
(先生は、今まで見た大人とは…根本的に違う)
沢山の大人を見てきた。
多少なりと親切にされた記憶はあるけど、ここまで手を引っ張ってくれた人はいない。
こんなに俺の声を聞いてくれたのは…。
「先生、風邪ひくぞ」
「んー…」
反応はあっても起きる気配はない。
よくよく思い出さなくても、先生が寝ている姿なんて見たことがなかったな…。
いや、狸寝入りされたことがある。
「なぁ、…起きないと顔に落書きするぞ?」
微動だにしない、どうやら完全に眠っているようだ。
なら少しくらい悪戯をしたってバチは当たらないよな?
おそるおそる顔に触れてみると、酒で体温があがっているのか熱い。
新野は教師という職を抜きにしても誰にでも穏やかで優しい。
そう思っていたのに芦屋の前では、悪態を吐いてそれはそれは仲が良さそうだった。
『俊哉』。普段は誰から聞くこともない先生の名前。
「……とし、やさん」
蚊の鳴くような声でも、静まり返った部屋にはよく通る。
「芦屋さんと俺、どっちが大事…?」
…って、聞いといてヤバいな。この質問。
ん"んっ。思わず緩みそうになる口元を手で覆い隠す。
芦屋さんみたく呼び捨てには出来なかったけど、じゅうぶん恥ずかしい。
顔が熱くてたまらない。
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