2章前:(あなたといる)

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『ガキの笑い声って嫌いなんだよ。あんなん騒音だろ?』 アパートの窓から煙草をふかしながら下を見下ろし、鬱陶しげな声を漏らしていた何番目かの母親の彼氏か客。 笑えと言われれば笑ったような気もするけど、感情を見せない子供とは大人達にとって都合が良かったらしい。 『君は、静かで偉いね?』 従えば褒められた記憶しかない。 そんなことを思い出していると「八木君」と呼ばれ、我に返った。 「いいこと考えてないだろ?」 「っ、そんなことありません…てか、顔近付けないでくださいっ」 「んだよ、平気かどうか心配してやったんだろ」 ま、俺は帰るからあとヨロシク。 そう背を向ける芦屋さんを「あっ」と呼び止める。 「なんだよ?」 『君に会いたかったんだよな』 芦屋さんはそう言っていた。俺に何の用事があったのかをまだ聞いちゃいない。 「……それはもう解決した」 「?」 「それよか、リビングで酔いつぶれた大人を介抱してやってくれ」 「そんなこと言われなくたって…」 「襲われたらごめんな?」 「――っ、んな心配されたくありませんっ」 あははははと大笑いしながら、芦屋さんは部屋を出ていった。 なんなんだ、あの変人は! ********** リビングへ向かうと、スーツの上着を脱ぎだらしない恰好のままソファーで横になっている先生がいた。 (酔い潰れた姿でも絵になるんだよな、この人は) 最初に姿を見たときから、ずっと気になっていた。 外見か、声か…良く分からないけど惹かれてしょうがない。 (先生は、今まで見た大人とは…根本的に違う) 沢山の大人を見てきた。 多少なりと親切にされた記憶はあるけど、ここまで手を引っ張ってくれた人はいない。 こんなに俺の声を聞いてくれたのは…。 「先生、風邪ひくぞ」 「んー…」 反応はあっても起きる気配はない。 よくよく思い出さなくても、先生が寝ている姿なんて見たことがなかったな…。 いや、狸寝入りされたことがある。 「なぁ、…起きないと顔に落書きするぞ?」 微動だにしない、どうやら完全に眠っているようだ。 なら少しくらい悪戯をしたってバチは当たらないよな? おそるおそる顔に触れてみると、酒で体温があがっているのか熱い。 新野は教師という職を抜きにしても誰にでも穏やかで優しい。 そう思っていたのに芦屋(友人)の前では、悪態を吐いてそれはそれは仲が良さそうだった。 『俊哉』。普段は誰から聞くこともない先生の名前。 「……とし、やさん」 蚊の鳴くような声でも、静まり返った部屋にはよく通る。 「芦屋さんと俺、どっちが大事…?」 …って、聞いといてヤバいな。この質問。 ん"んっ。思わず緩みそうになる口元を手で覆い隠す。 芦屋さんみたく呼び捨てには出来なかったけど、じゅうぶん恥ずかしい。 顔が熱くてたまらない。
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