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寝室のドアを開けるとまだ灯りが点いていた。
寝る準備を済ませた新野が中に入ると、壁際に逃げるよう布団にくるまっている唯らしき姿が目に入った。
(そんな隅にいなくてもいいのに)
これでは起きているのか寝ているかも分からない。
唯なりの照れを察しつつも、顔を出さず背を向けられているとやや寂しい。
静かにベッドにあがると部屋の明かりをベッドサイドにある電気スタンドだけにする。
「本当にいてくれた」
待ちきれず眠ったかもしれない唯に小声で話しかけた。
「…んだよ。冗談なら、もっと分かりやすく言えよ」
「そんなワケないでしょ。あと、起きてたんだね」
(寝られるわけないだろ…)
布団から顔を出して後ろを振り向くと、じっと自分を見下ろす新野がいた。
まだ乾ききっていない髪のせいかそれとも電気スタンドという心許ない光のせいなのか…
いつもより色気が増した男の顔に顔が熱くなる。
くそカッコいい。
「〜〜〜っ」
「?どうかした?」
「俺…やっぱ、自分の部屋に戻ーーーっ!?」
つい逃げようとした次の瞬間にはベッドの中へと引き込まれていた。
「今さら逃げないの」
近い近い近いって!!!
向き合う体勢に変わり、心の準備がないまま近くなる距離と顔に、さすがに耐え切れない。
「ダメ、ダメだって!」
もっと引き寄せたい新野といやいやとその胸板に手をあてて引き離そうとする唯の攻防。
「そんなに嫌?」
「だ、だって…その…っ」
何度も抱きしめてきたはずなのに、こんな必死に抵抗されるとさすがの新野も腑に落ちずむうっとしてしまう。
懐いた猫が逃げようと必死になるみたいに。
「ここで、先生とくっつくの……はっ、恥ずかしいからっ」
「はっ??」
その爆弾発言に数秒時間が止まった。
「恥ずかしい…?」
「うぅ…っ…」
布団に入った時から微かに暖かくて安心する匂いに気づいた。
なんだろ、この匂い…落ち着く。
スンスンと意識して嗅いでみると、それは紛れもなく先生の匂いで、それからずっと抱きしめられてるような感覚があった。
なぜ気づいてしまったのかと後悔するほどに…。
「……この布団、あんたの匂いがするからっ…緊張して…っ」
「えー…なにそれ…」
あわあわとパニックになりすぎてとんでもないことを口走る唯。その不意打ちに新野の理性が貫かれた。
「もー…っ、」
「な、なんだよ…?」
「いっそ、もっと恥ずかしいことする?」
「なっ……!?」
腕はビクともせず、首筋にあたる熱い息に興奮から体が震えた。
い、いいのかな…っ…?
これはついに既成事実が作れるチャンスだ。けどどうする?酔いからくる興奮状態だった場合、途中で冷めると拒絶されるリスクを伴う。
雰囲気に流されるべきか、拒むか。
どうしようかと悩んでいたとき
「可愛い…」
「……!」
「あ…。ごめん…」
しまった。うっかり出た失言はしっかり唯に聞こえていたらしい。恐る恐る唯の顔を見ると、それはまぁ不機嫌そうで…
「このっ、酔っ払いがっ」
酔いは覚めている、なんて言い訳したところで信じてもらえる空気ではない。
完全に臍を曲げてしまった…。
「ごめんごめん。あんまり可愛かったから本音が…」
「だからっ」
「ほんと怒らせるつもりはなかったんだ。誰にも見せたくないくらい君が可愛い、一番可愛い」
「……っ、やっぱ酔ってる…」
「そうだねぇ、だから許してね?」
いっそ酒のせいにしてしまおう。ここぞとばかりに可愛いと褒めちぎると、強張るように固まっていた唯の力が抜けていくのが伝わる。
「ん?もう抵抗しないのかい?」
「うるさいっ」
さっきから押しても引いてもビクともしないんだからしょうがない。
このまま先生が寝るまで待とう。と完全に折れていた。
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