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「でも、俺が寝たら逃げる気でしょ?」
「!」
「その反応、図星だったか…」
でも先生さえ寝てしまえば関係ない。
俺はどうせ眠れないんだし…。
「唯君さ、芦屋に嫉妬して俺の名前を呼んでたよね?」
「――っ!まさか、聞いてっ」
「いや、寝てたんだけど…あんなに触られれば、さすがに」
うっ、とYESもNOも返さず言葉を詰まらせる唯。
覚醒していく意識の中でたまたま耳に入った呼び声だったが、これであの甘えたような声が気のせいではなかったと確信した。
「俺は俺に嫉妬するかと思ったよ」
「うそばっか…」
じわじわと身体が熱いし、変な汗は出ぱなっしだ。
これから寝ている先生に話しかけるなんて二度とするもんかと深く心に誓う。
「今度からは、名前で呼んでくれる?」
「…っ、」
嫌だ!の言葉を飲み込んだ。
俺は先生に「唯」と呼ぶよう強要したのに、それで俺がしないというのは不義理というもの。
ぐっと意を決して、声が震えないよう気を付ける。
「…と、…俊哉さん?」
「はは。疑問形?」
いいだろっ。これでも必死で羞恥心に耐えてんだよ。
「やっと名前呼んでくれた」
ふふっ笑い声と頭を撫でる先生の手。
呼んでくれたって…いままでは、タイミングがなかっただけだろ。
囁かれる"嬉しい”の一言に、また胸が高鳴る。
『お前も笑ってみろよ。そしたらちょっとは嫌なことも晴れるさ』
芦屋さんが言っていたのは、この事だろうか?
でも、俺は……。
ぎゅっと心臓が痛むのを抑えて俺は口に出す。
「…、ごめん、笑えなくて…」
正しい笑い方が、わからない。
【笑わないでよ、不細工】
焼きついた声と言葉は口の端があがろうとする度、無意識に突き刺してくる。
「君が謝る必要なんかないよ」
「…でも、」
「大丈夫。なにも考えないで」
頭を撫でる手。じんわり伝わってくる体温と大丈夫にひどく安心する。
トクトクと心臓の音を聞いていると、ウトッと急に瞼が落ちてきた。
「唯君は、俺にどうしてもらいたい?」
どう…って、俺が望んでいるのは一つだけだ。
「……、…」
「唯君…」
優しさを味わって貪欲になった心は、この温もりを簡単に手放すことができない。
「…と、いたい…」
呟くと同時に、意識は落ちた。
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