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通り過ぎる人々は、座りこんで俯く少女のほうをちらちらと見るが、誰も声をかけようとしない。
白い頬に、透明な滴が音もなく伝う。あごまで流れて膝に落ちた。
◇◇◇
隅々まで磨かれた窓から、午前のまぶしい光が差しこむ。
「今日もいい天気ですね!グラッセさん!」
「そうだな、ロイ。ところで君は夜中の鐘をきいたかい?」
「夜中ですか?熟睡してましたね!」
使いこまれた箒を握っているロイという青年が、人懐っこく笑う。
グラッセもまた、目を細める。
「そこも君の良いところだな。では留守にする間、よろしく頼む」
「りょーかいです!」
グラッセは弟子に宿屋の留守番を頼み、木製の扉を閉めた。そこには''close''と彫られたプレートがかかっている。
そのとき、少し距離のある広場から十時を知らせる鐘が鳴った。
その音にグラッセは髪とおなじ色をした眉をひそめ、夜中の出来事を思い出す。
(何かの予兆でなく、単なる不具合なら良いが…)
グラッセは産まれてからこの三十六年間ずっと王都に住んでいたが、深夜に町広場の時計塔の鐘が鳴ることは初めてだった。
朝の六時から夜の六時までは、長針が''十二''を指したら鐘が鳴るようになっている。
なのに昨夜はそれ以外の時刻に鐘の音が鳴り響いた。
異常な出来事に、胸騒ぎが静まらない。
広場に行く途中、細く薄暗い路地に目を向けると、倒れている人が数人いた。
それを見ると騎士として城に勤めていた頃の傷を思いだし、己の無力さを知らされる。
(人を助けることが、償いだ。そう。姫様への……)
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