一思想伝

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「……耳が痛い」怪我をきたかと思って触れて見ても、血は出ていない。外傷はなさそうだ。この痛みは、内側からくるものなのだろう。 鼓膜が痛い。耳鳴りが酷い。銃声がここまで響くものだとは知らなかった。前に聴いた和太鼓は体の芯まで響いてきて驚いたが、銃声も同じだった。いや、銃声は精神の芯まで響いてくるからより凶悪な楽器だ。 「運がよかった、ん、だよね」 岩の上にいる人魚のような大勢から、徐々に体を起こす。上半身、膝、の順に起こし、服に着いた付着物を払いながら立ち上がる。私の問いかけに返してくれる人はいなかった。この講義室で、生きてる人は私しかいなかった。 人気のない地学の講義。広い部屋なのに、受講生は私ともう一人しかいない。私と、もう一人と、教授。今日ここにいたのは三人のはずだった。 私を外せば、残りは二人。大学生には簡単は引き算だが、それでも何回か検算を行って確認してしまった。 「…………」 死体が二つ? だった。 それは、ヒトの形を保っていなかった。ゲームの中ではゾンビが撃たれたときでさえ、もう少し形を保っていたような記憶があるのに、床を赤く染めているモノはそうじゃない。血で満たした水風船が割れたような、爆発が起こったような跡。位置からして、教授であろう。あまり見ていられるものではなかったので視線を逸らすと、もう一つの死体があった。講義室の前から放たれた弾丸の雨。私たちが後ろにいたためか、教授ほど破壊は酷くない。ところどころ削れているが、大まかにヒトの形を保っている。まだ”見れる”ほどだ。うつ伏せなので表情はわからないが、即死だったはずなので苦痛に歪んではいないだろう。もちろん確かめたりしない。 合掌。それに黙祷。 講義があまり上手くない教授だったけれど、講義の合間に挟む世間話は面白かった。一緒に講義を受けていた人はほとんど話をしたことなかったけれど、二人しかいないだけあってそれなりに親近感が湧いていた。
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