可哀想な姉

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 7  哀れな姉は、それでもいつもの時間が来ると、唇と頬とに紅を塗って、草花の空籠を風呂敷に包んで、夕風の吹いている街路へ出て行った。  私はそれを窓から見送っていた。姉は私を疑って、幾度も幾度も振り返りながら、甃石道を遠ざかって行った。  姉の姿が程近い街角を曲り切ってしまうと、私はすぐさまマントを取り上げて、姉の跡を追った。並木の路を一散に走って行ったので、そこの街角を注意深く曲って眺めた時、私はそんなに骨を折る程でもなく、姉の一きわ目立ってみじめな痩せた肩をば、見出すことが出来た。私はマントをすっぽり頭からかぶって、見えつ隠れつ、姉を尾行した。電車道に沿ったり、坂を上ってまた下りたり、裏町のうす暗がりを抜けたりして、長い長い道のりを姉は小刻みな足どりで歩いて行った。そして遂に、私達の家の窓から雲にそびえて見える、あの宏大な建物ばかりが、押し合い、重なり合って並んでいる繁華な町へ出た。色とりどりの美しいイルミネエションの中に陽気な広告の楽隊が鳴り響いていた。私はそんな賑かな街区へ足を踏み入れたのは、全くこれが初めてであったけれども、私はひたすら姉を見失うことをおそれて、高貴なる香水の匂にみちた人波を、押し分け押し分けして、姉を追いかけた。追いかけながら、私はこれ程繁昌な巷に立って見窶(みすぼら)しい唖娘の姉が、取るに足らない草花なぞを売って、果してそれを気にとめて買ってくれる人が少しでもいるのであろうか――これは、いよいよ姉は私を欺いているらしいと考えるのであった。
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